先輩サポーターのstory

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大学で地域福祉学を学ぶ、程レイさん。
中国から日本に来て4年目、
障がい者介助の仕事を初めて3年目となります。

■障がいのある人のために私ができること

大学では、精神障がいのクラスメイトと通学や学内移動を共にしていた。
「障がい者介助」という仕事を知ったのは、この友人のおかげ。
大学の地域福祉学では高齢者介護を専攻していたが、
そのこととは別に
「障がいがある人たちのために、
私にもできることがあれば素晴らしい!」
と思い、障がい者介助の仕事をやってみたいと考えていた。

バイト先のスーパーでは、障がい者さんと介助のヘルパーさんが
頻繁に来店していて、いつも楽しそうな様子。
ある日、私は思いきってその二人に声をかけた。

「私は障がい者介助の仕事がしたいのですが、
どこに相談したら良いのかわかりません。
お仕事の話を聞かせてもらえませんか?」

ヘルパーさんからお話を聞いて、即パーティ・パーティの面接に。
合格の知らせを聞いたときは嬉しかった。

■他の人ができるんだから私にもできる!

ヘルパーの仕事は、車イスを押して街を一緒に歩くと思っていた。
でも、それは仕事のほんの一部。
身体を抱えて車イスに移乗させる、という身体介助をやってみると
思った以上に難しくて、体力が必要なことに驚いた。
「抱える」といってもどこまで力を入れたら良いいのか分からず、
腰も痛めてしまった。

もっと難しかったのはコミュニケーション。
言語障がいの利用者さんは、しゃべっている言葉がなかなか聞き取れない。
何回も何回も聞きなおして、それでも分からない!
何回も言い直しもらうのが申し訳なくて、
そのうち「もう来ないで!」と言われてしまうんじゃないか?と不安で・・・

最初はやる気満々だったけど、不安が重なってすっかり自信をなくし、
介助に行くのが憂鬱になった。

「もう、辞めたほうがいいのかな?」
「でも、どんな仕事でも最初は大変。
すぐに諦めたら恥ずかしい!」

「他の人にも出来るんだから、私にもできるはず!」

私は、一番難しい『トイレ介助』に慣れようと思い、
パーティ・パーティの事務所に
「トイレ介助の練習をさせてもらいたい」と依頼。
すると、すぐに
「パーティ・パーティの事務所においで」との連絡があり、
『障がい者スタッフのトイレ介助』
という練習の場をつくってくれた。

練習を重ねるごとに徐々に身体介助に慣れ、
会話も聞き取れるようになり
「やっぱり私にもできるんだ!」と、自信も戻ってきた。

介助ができるようになると、利用者さんのことも大好きになり、
介助の前日は「明日は会える!」とすごく楽しみに。
半年経った頃には、表情を見なくても声を聞いたら
利用者さんの言いたいことが分かるようになっていた。

その後、関わった利用者さんにも色々な人がいて、
楽しいことも難しいこともあるけれど、
「私にもできる」と実感できた。

■パーティ・パーティは、いつも受け入れてくれる大好きな場所

パーティ・パーティの好きなところは、
スタッフがみんなやさしいところ。
「最近大丈夫?」「仕事はどう?」
「仕事以外でも困ってること、悩みはない?」
とみんな声をかけてくれる。

他の事業所のヘルパーさんと会話すると、
「パーティ・パーティね!
私もそこの事業所のスタッフの人たち好きなんです」
と言われ、
「ああ、私はやっぱりいい所を選んだんだなあ」
と嬉しかった。

利用者さんも大好き。
外国人の私のことも、利用者さんは誰も嫌がらず受け入れてくれる。
わからないことは聞いたらいつも教えてくれる。

ある時、料理中に「アミでアクを取って」と言われ、
何を持ってどうしたらいいかが分からなかった。
そこで利用者さんが指さした方の調理器具を1つずつ取って、
「これ?」「これ?」と聞いて確かめた。
そうやって「アミ」「アク」という言葉も覚えることは嬉しい。
またある時、年下の利用者さんは、私が間違えて覚えた日本語を正してくれた。

みんなそれぞれが持っている個性や人情味がすごく好き。

程さんのある1日のスケジュール朝昼
15:00 … 大学の授業終了。
16:00 … 利用者さんのご自宅に到着し、介助スタート。
お風呂の準備をして、入浴介助。
18:00 … 介助終了。

※授業がない日は、ほっこり倶楽部で週2日(9:00~16:00)勤務。

程さんは、自分らしさをしっかりと持っており、
それぞれの利用者さんとも良い関係を築かれています。
とても頑張り屋さんなのですが、体調を崩して顔色も良くないのに
「大丈夫です」といって休まず頑張っていた時はとても心配でした。
自分のことも大切にして、もっと私たちに甘えて良いのですよ!!
程さんらしい明るさや優しさを、これからも楽しみにしています。